和菓子街道 東海道 品川

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磯の香り漂う品川は、
    東海道五十三次第一の宿

 『東海道名所図会』に「こゝは東海道五十三次の舘駅の首たる所なるべし」と書かれた品川宿は、日本橋から出発した旅人を迎える最初の宿場だった。もっとも、江戸に近いこともあり、品川から出発する旅人も少なくなかったようだ。家族の見送りもここまで。この先はいよいよ本格的な東海道の旅の始まりだ。

 海苔のひび麁朶が波間に揺れる品川浦沿いに発展した品川宿。旅籠屋や茶屋が軒を連ね、大変な賑わいを見せていたという通りは、今では北品川、南品川、鮫洲と商店街が続いている。八百屋や茶舗、銭湯など、昔ながらの商店がひしめき合う通りを進むと、ここ数年の品川駅周辺の再開発が嘘のような気さえしてくる。

 東海道記念イベントの一貫として、各宿場からの寄贈で旧道沿いに植えられた若い街道松は、いつの日にか、道を覆うような大木に成長するのだろうか。それとも、それを待たず、この庶民的な商店街にも再開発の波が押し寄せるのだろうか。どちらがいいのかは、この地の住人にさえ分からないことなのかもしれない。

 時折、時代に置き去りにされたような古びた木造の商家や民家に出会うこともあるが、江戸時代から続く老舗のほとんどが姿を消している。落語の三遊亭円生の十八番「居残り佐平次」にも登場する鰻の荒井家は、幕末の頃には既に北品川に店を構えていた老舗だが、最近になって店を畳んでしまった。そんな中、今でも変わらずこの界隈で営業を続けている老舗和菓子屋もある。北品川の「桝翁軒」と大森の「餅甚」だ。

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 ・桝翁軒「焼だんご」他

     六代目は下町のエンターテイナー → click!

 ・餅甚「あべ川餅」他

     土用のあべ川餅は餅甚で → click!

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その他のおいしい立ち寄り情報

志ら井
  菓子: だんご(タレ、蓬 各1本84円)、もも(1個115円)
       しぐれ(1個125円)、稲荷寿司(1個84円)他
  住所: 東京都大田区南蒲田1-20-28
  電話: 03-3738-2410
  営業時間: 9:30~20:00
  定休日: 日曜日

 京急蒲田駅のすぐ近く、第一京浜、つまり旧東海道沿いに店を構える志ら井。創業は幕末の嘉永元年(1848)年で、現在は五代目夫妻と六代目の若旦那夫妻の4本柱で店を切り盛りしている。

 創業当初から、「下町の和菓子屋さん」といった位置づけだったというこの店は、特に名物は何と謳うでもなく、団子などの定番菓子から季節の生菓子などを一通り扱っている。

 とはいえ、素材にはこだわりがあり、例えば一番人気という「団子」は、コシヒカリを店内で粉にする(自家製粉)ところから作り始める。もちろん、無添加だから、朝作ったものもその日の夜にはもう硬くなってしまう。

 この自慢の団子には、タレをつけた焼団子と、蓬団子の2種類がある。タレはかなり醤油辛く、「団子は甘味」とくくっている京都の団子とは対極をいく味だ。対して、爽やかな香りの蓬団子は、北海道産小豆の餡を絡めた甘い団子。ただし、餡の甘さは極控えめで、さっぱりとした上品な味わい。餡がくどくないので、いくらでも食べられそうだ。

 この他、黄身餡・漉し餡・抹茶餡のそぼろを合わせて筒状に成形した「しぐれ」や、白餡を求肥で包んで桃色をあしらった「もも」などの生菓子も常時数種類がショーケースに並んでいる。

 以外にも人気なのが、「稲荷寿司」や「のり巻き」といった惣菜というか、寿司類だ。2、3人も入ればいっぱいになってしまう狭い店内だが、それこそ常時いっぱいというか、大変盛況で、ひっきりなしに客が店を訪れる。そして、筆者が店に滞在したわずかな間に訪れた客の、3人にひとりが稲荷寿司やのり巻きを買っていくのだ。界隈で働く人たちの昼食の定番になっているようだ。

 筆者も真似をして、稲荷寿司を買ってみた。お揚げは甘めに、しっかり、こってりと焚いてあって、余った汁が米にほどよく染み込んでいる。米は程よい噛み応えがあって、1粒1粒がほろほろと口の中でほどけていく。大振りで食べ応えがあるが、飽きがこないというのはこういう味なのだろうと思う。

 そろそろお暇しようかな、と思った頃、大女将が沢山のお揚げの入った袋を提げて帰ってきた。近所で、特別に作ってもらっているお揚げか。店頭に並んでいた稲荷寿司もだいぶ減っている。急いで、追加を作らないと午後に間に合わないのだろう。

 ところで、蒲田といえば、一昔前は映画の街といわれていた。大正9年から昭和11年までこの街にあった松竹キネマの撮影所で、実に1200作以上の映画が撮影されてきたのがその所以だ。

 現在は撮影所は跡形もなく消え去ってしまったが、街の人は当時の思い出を大事に守り続けている。撮影所跡地に建つ大田区民ホール・アプリコ内には、撮影所のジオラマなどが展示されているし、テアトル蒲田と蒲田宝塚は昭和ムード満点のレトロな映画館だ。映画『蒲田行進曲』の登場人物たちの名を冠した地ビールだってある。

 そして、志ら井もそんな古き善き蒲田の思い出を語り伝える店のひとつだ。撮影所周辺の店にエキストラ出演の呼び出しがかかることもしばしばあり、志ら井の先々代もいくつかの映画にエキストラ出演をしたことがあったのだとか。

 街の人々と映画人たちが持ちつ持たれつで共存していた頃の話。もしかしたら、あの名優が、あの名監督が、志ら井の団子や稲荷寿司を食べていたかも!? なんて、想像を逞しゅうしてしまうのだった。

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shirai-inari.jpg(お菓子と稲荷寿司の写真をクリックすると大きくなります)

木村家
  菓子: 品川餅(2個入1箱120円)他
  住所: 東京都品川区北品川2-9-23
  電話: 03-3471-3762
  営業時間: 8:30~21:00
  定休日: 水曜日(不定休あり)

 桝翁軒、餅甚ともに餅を得意とする店であるが、ここ品川にはかつて、宿場名を冠した「品川餅」なる餅菓子があったと伝えられている。品川餅が登場する最古の文献は、虎屋に伝わる正徳元年(1711)の古文書だ。当時の虎屋はまだ京都に拠点を置いていたが、その頃既に品川餅という名の菓子を作っていたことがこの文献から明らかになっている。

 価格は、10個で四匁六分(当時の虎屋は店頭販売はせず、注文に応じて菓子を作っていたため、ひとつから売るということはなかった)。ひとつの大きさは重さにして約150グラム。ひとつ50グラムほどの現代の虎屋の饅頭などに比べて、3倍の大きさであったという。もっとも、この大きさは当時としてはごく一般的。江戸時代の菓子は、とにかく大ぶりだったようだ。現在でも、御所で特別な儀式が行われる際に虎屋が納めるのは、江戸時代基準の150グラムの菓子である。

 虎屋の記録に残る品川餅は、刻んだ胡桃を混ぜた餡を、小豆粉を搗きこんだ生菓子用の餅で包んで丸めたもので、上面をちょこんとへこませてあるのが特徴だ。餅皮に小豆粉を混ぜているため、色は小豆色だ。ういろうなど、小豆粉を混ぜた菓子は他にもあるが、このように皮に小豆粉を混ぜた大福系の餅菓子は虎屋でも稀だという。

 また、江戸時代を通じて刊行された絵図などにはたびたび品川餅が登場するというが、どういった経緯で品川餅が京都の虎屋で作られるようになったのかという経緯も、この名の由来もつまびらかにはなっていない。品川宿の茶屋で振舞われていた餅菓子であったためこの名がつき、その噂が東海道を伝って京まで届いたとの説もあるが、それを裏付ける資料は見つかっていない。

 京急新馬場駅近くに店を構える木村家(明治中期創業)では、昭和50年頃から「品川餅」を販売している。しかし、昭和の品川餅は江戸時代の品川餅とは似て非なるもの。白玉粉を水でこねて蒸し、ザラメの蜜を加えて練り、蜜漬けの小豆を混ぜて黄な粉をまぶす。

 信玄餅系のくにゃっと柔らかい餅菓子だが、ころころとした蜜漬け小豆がアクセントになっている。ほんのりとした甘みと黄な粉の香ばしさが懐かしく、このままでも充分だが、添えられた黒蜜(または白密)をかければ尚おいしい。考案した先代の故・木村桂一さんの後を引き継いで、現在は四代目の真基さんがひとつひとつ手作りしている。

 江戸時代の品川餅は、虎屋が今でも折に触れて製造販売することもあるが、毎年登場するわけではないため、もはや幻の銘菓と言っても過言ではない。全くの別物なれば、幻と比較する意味もないが、昭和生まれの品川餅も捨てたものではない。黄な粉をまぶしたこの素朴な餅菓子が、これからの品川宿の名物になっていけばいい。

toraya-shinagawamochi.jpg復元された江戸時代の「品川餅」(とらや提供)

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kimuraya-shinagawamochi.JPG木村家の現代版「品川餅」 (お菓子の写真をクリックすると大きくなります)

蕎麦処 吉田家
  料理: せいろ(750円)、天ざる(1600円)、
       天せいろ(2300円)他
  住所: 東京都品川区東大井2-15-13
  電話: 03-3761-7669
  営業時間: 11:00~20:30
  定休日: 火曜日(祭日は営業)
  URL: http://www.geocities.jp/yoshidaya44/

 京急立会川駅からほど遠からぬ旧東海道沿いに佇む蕎麦処「吉田家」。実はこの店には前に一度、訪れたことがあった。以前、鰹節の卸しをしている方とお話する機会があり、その際にお薦めの蕎麦屋を尋ねた。するとその方は、「吉田家」と即答。俄然、蕎麦好きの血が騒いだ。

 さっそく訪れた吉田家で頂いた蕎麦は、旨かった。鰹節卸しの方が太鼓判を押すだけあり、ツユの香りは高く、それでいて鼻につくような臭みや癖はない。江戸の蕎麦つゆは真っ黒、江戸紫独特の濃い味という印象がこれまであったが、吉田家のつゆはさらりとしていて、醤油辛さもなくそのままでも頂けるほどだ。蕎麦湯を加えると、醤油の角が取れてまろやかになり、鰹の品の良い風味が際立って鼻の奥で抜ける。

 蕎麦はというと、色白なので更科かと思いきや、挽きぐるみではないため白く見えるだけで、れっきとした十割だ。十割というと、最近では自家製粉が流行りらしいが、吉田家ご主人の池田耕治さんは自家製粉にはむしろ否定的だ。

 「餅は餅屋と言いますからね。粉を挽くのは、やっぱり製粉業者に任せた方がいいんですよ。一番大事なのは味です。製粉の仕方で味は驚くほど変わりますから、うちでは信頼できる粉屋さんに挽いてもらっています。蕎麦屋の仕事は、その粉をいかにうまく打つか、です」(池田さん)

 蕎麦の実も、北海道産を中心に各地のおいしいものだけを取り寄せている。「国産神話がありますが、おいしければ外国産だっていいと思っています。同じ産地でも、年によって味は変わりますから、常に最上のものを選ぶようにしています」と池田さん。腕のいい粉屋に挽いてもらった最上の蕎麦粉にマイナスイオンを照射することによって、旨みと深みが増すのだという。

 十割はばさついて打つのが難しいというが、吉田家の手打ち蕎麦はしっかりとまとまっているらしく、コシがあってしっかりとした噛み応えを感じる。詳しくは秘密だそうだが「恐らく、都内でもこの蕎麦粉を使っているのはうちだけでしょうね。もちろん、その粉を打つだけの技量も必要ですが」とだけ、教えてくれた。

 蕎麦について熱心に語る池田さんは、池田系吉田家の3代目だ。元はと言えばこの蕎麦屋、「池田屋」の名で鮫洲辺りに店を出していた。池田屋に関して残されている最後の記述は、安政3年(1856)に建てられた鮫洲八幡神社の石灯籠の台座に刻まれた「吉田屋弥平治」の文字。それ以前から、かの地で商売をしていたことが窺える。

 幕末には山岡鉄舟らも足を運んだと言われている。その後、大正元年(1912)に経営が現在の池田家に移ったのを期に、店も現在地の北浜川に移転した。ちなみに、吉田屋から吉田家と名を改めたのは、昭和の後半になってからのことだ。

 江戸の昔を思わせるしっとりとした佇まいの吉田家。商店街が続く通りからは想像もできないが、店の奥には見事な庭園のある離れが。四季折々の花や池に遊ぶ鯉を眺めながら、ここでしか味わえないご主人自慢の蕎麦を頂くのも乙である。

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yoshidaya-soba.JPG(料理の写真はクリックすると大きくなります)

天仲
  料理: 並天丼(1100円)、穴子天丼(1600円)
       かき揚天丼(2100円)
       特上定食(穴子・きす・小柱かき揚・活車海老2尾・野菜3種、3000円)他
  住所: 東京都大田区大森本町1-8-15
  電話: 03-3761-0837
  営業時間: 11:00~14:00(13:40 LO)、17:00~21:00(8:40 LO)
  定休日: 木曜日、第3水曜日(祝祭日除く)

 品川宿を過ぎてしばらくすると、旧東海道は鈴ヶ森刑場跡付近で第一京浜国道と合流する。更に進んで大森海岸辺りに出ると、どこからともなく漂ってくるごま油のよい香り。食欲をそそるこの匂いの出所は、道の右手に建つ天麩羅屋・天仲だ。

 創業は明治30年(1897)。それ以前は同じ場所に家を持ち、魚の行商をしていたが、初代仲蔵が「天麩羅の仲蔵」の意で店を開いた。きっかけは、夫人の料理好き。知人の板前に天麩羅の揚げ方を聞いて作ってみたところ、ご近所で「旨い」と噂になったため、一念発起して天麩羅屋を開業したというわけだ。

 目の前は海。魚屋だから素材を選ぶ目も確かとあって、東京湾で水揚げされる魚をすぐに天麩羅にしてくれる天仲はたちまち評判の店になった。

「うちも元は魚屋でしたが、この辺りは昔、とにかく魚屋が多くて、いつも獲れたての魚介類が手に入ったんですよ。なにせ、目の前は海でしたから。うちの店も昔は波打ち際にあったんですよ」

 そう語るのは、四代目の鵜沢信一さんだ。信一さんが言うように、その昔、この辺りは海岸沿いになっていた。店内に展示されている古い写真からも、店のすぐ裏に海が広がっているのが分かる。天仲の部屋から、客が釣りを楽しむこともできたのだとか。

 江戸前天麩羅の代表格と言えば、穴子、キス、シャコなど。厚めの衣をつけてごま油だけで香ばしく揚げる方法は、昔と少しも変わっていない。まずは穴子から、と大きな口を開けてかぶりつくと、ザクザクッと音を立てて口の中で衣が砕け、ふわっとした穴子の肉がほろりと転がり出てくる。

 素材も揚げ方仕込みも揚げ方もストレート勝負。シンプルな料理だからこそ、天麩羅は難しい。先代から教わった揚げ方を、信一さんが守っている。そして、信一さんを見て育った息子の恵一さんも、五代目を継ぐべく客前で天麩羅を揚げている。

 波に洗われる海岸線を眺めながら、新鮮な江戸前ネタを天麩羅で頂く。なんとも贅沢な話ではないか。残念ながら、大森の海が埋め立てられた今はそんな贅沢はできなくなってしまったが、天仲の味は昔と変わらず、人々の舌を喜ばせている。

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tennaka-tempura.JPG(料理の写真はクリックすると大きくなります)